どうでもいいから愛しあおうよ
今回のタイトルはこちらの楽曲の丸パクリ。すごくポップでメッセージ性も強くてハマってる曲。どうでもいいから愛しあおうよ、ってすごくいい言葉だな。
この曲を聴いたちょっと後に、こんなツイートをしました。
今は恋人がいないので好きって言い足りてない。恋人じゃない人にも好きって言いたいけど本気にされたり引かれたり、塩梅が難しいよな…好きだから好き、それだけのことだけど。いらないことまで一緒くたにして無理に難しくしてる😪
— ハヤシユウ (@884yuu) 2019年9月6日
寂しさをこじらせてツイートしてしまったのですが、伝えたいことはシンプルで、好きな人には好きって言いたい、愛したい、っていうただそれだけのこと。
最後の"いらないことまで一緒くたにして無理に難しくしてる"って本当そう思わない??好きに理由とかありますか??好きという気持ちに裏の目論見がありますか??あぁ面倒くさい、面倒くさすぎ。そんなに面倒くさいなら好きなんていう気持ち忘れたい。そうは言っても、ふとしたときにすぐに人を好きになっちゃうから忘れられるわけないんだよな。
ちなみに引用した文章は私の曲『夏の蜃気楼』の歌詞です。てへぺろ。
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夏の蜃気楼の歌詞を書いたときから、この世の感情の伝え方は難しいな、難しすぎる、なんでみんな普通に恋して普通に幸せに暮らせてるの?ってすごく思ってました。
自分はすごい恋愛体質で、人のことをすごく好きになりやすい。好きになるっていう気持ちは、いてくれてありがとうとか、出会ってくれてありがとうとか、そういう気持ちとすごく似ている。また話したい、出会いたいとか、そういう気持ちでもあるし、これから出会うことがないとしても、どこかで元気で幸せでいて欲しい、という気持ちでもある。もしこの先会えないのだとしたら、そんなことを思えば思うほど、やっぱり伝えられるときに好きと言っておきたい。愛を与えておきたい。
好きと伝えるとか、一緒に暮らしたいとか、そういうのは付き合うとかなにかしらのパートナーシップを結ぶことを示唆するような、"重さ"を含んでいますが、もっとポップにカジュアルに伝えられるようになったらいいなと願ってやみません。
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"恋愛の謎の固定観念"ってたしかに存在していて、自分も長い間苦しんできています。付き合ってるから●●はダメ、●●しなくちゃいけない、とかそういうのがあるなら、やっぱりどうでもいいから愛し合おうよ、ということになってしまう。
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そんな自分だけど、今は好きな人と一緒に住みたいなと言う気持ちになっています。一緒に住むってめちゃくちゃすごくない・・・???
起きたら隣りにいて、ご飯一緒に作って一緒に食べて、お互いに時間があうときにふらっとノリでドライブにいけて、隣で寝れるんでしょ・・・???幸せすぎない・・・???わたしは計画が苦手なので、その場で一緒にノリででかけたい。(だから今までシェアハウスにいたときとかすごく楽しかった。恋人じゃなくても、好きな人達と住んでて、ノリで買い物に行ったり山に行ったり、そういうイベントが日常茶飯事。)
そんな人とどうやって出会えばいいのかがまったくわからなくてそこそこ人生詰んでいる。正直なところ自分にめちゃくちゃ自信あり、相手を褒めちぎって自信をつけさせることも得意。それでも出会いの方法がわからなさすぎて孤独をこじらせていますね!!助けて!!