メガネ時代

以前電車に乗っていたとき、ふと近くの女子学生(おそらく高校生)の会話が耳に入ってきた。前後の文脈は聞き取れなかったが、「メガネ時代」という言葉が聞こえてきた。


「メガネ時代」という単語だけで、前後関係はわからないが、それでも「メガネ時代」の持つ奥行きに妙に惹かれてしまい、その先の会話に聞き耳を立てることもなく「メガネ時代」の意味を考えてみた。

まず、当たり前ではあるが「メガネ時代」の「時代」は冷戦時代や戦国時代のような、いわゆるeraの意味ではないだろう。人生におけるある特定の時期としての「時代」だ。そしてその意味での「時代」は現在進行系ではあまり使われない。例として、新潟に住んでいた人が東京に引っ越して今も住んでいる場合、新潟時代という表現はしても、東京時代とは言わないだろう。つまりここでの「メガネ時代」を直訳すると、メガネをかけていた<過去の>ある時期、という意味になりそうだ。

ここまでの前提条件から、<中学生まではメガネをかけていたけど、高校生からコンタクトデビューをしてメガネを卒業した>みたいなストーリーが想像できる。仮にそのストーリーが本当だとすると、なんでわざわざ眼鏡からコンタクトに変えたのだろうか?という部分にも興味が湧いてくる。<耳や鼻に異物感があるのが嫌だ>とか、<おしゃれに気を遣って>とか、<高校から気分を入れ変えるために>とかいろいろな理由がありそうだ。理由が<高校から気分を変えるために>だとしたら、<中学では冴えない日々だった>からなのか、<中学校を卒業して何か挑戦したいことが出来た>からなのか、無限にシナリオを膨らませることができる。

もちろん、全て想像の域を出ていないが、たった一つの単語から世界が広がっていくのは面白いなと思った。